日本語英語
サポート
HOME お問い合わせ
 top > 松澤ルーム > エッセーから

松沢大樹

国見ケ丘未来クリニック
1
2
研究概説
1
2
PETによるがんの画像診断
1
2
3
松澤ルーム
1
2
3
4
資料
1

>> go to toppage

松澤大樹 松

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
   

 

松澤大樹教授退官記念誌「十七年のあゆみ」巻頭言

平成2年(1990年)4月10日

 『私のようにやりがいのある仕事をしている真最中の若さにあふれた人間のクビを、定年という物理的もの差しでチョンと切り、仕事を中断させるこの定年制は見直しすべき制度である』と結んで、私は東北大学における最終講義を終えた。若干大人げないとも思ったが、一方本心がつい口をついて出てしまったのだという実感の方がより強かった。
 最終講義の私の演題は「痴呆と“こころ”」であり、その中では“人は脳と共に年をとること”、“脳の老化(形の萎縮と機能の低下)は個人差が大きく、普通に且つ健康に生きればピカソとかシャガールといった絵画の大家たちだけでなく、誰でも90歳代までは脳を老化させず、若く生きることが出来る”といったことが科学的事実として述べられていた。
 九年前、“草創期八年のあゆみ”と題して、研究室のあゆみをまとめたことが思い出される。八年間はあまりにも長い試行錯誤の期間であったが、やはり内容的に草創期というにふさわしい迷いの多い期間であった。
 我々がこの迷路を脱したのは、近年めざましい発展をとげたメディカルエンジニアリングの精華であるX線コンピューター断層装置(X-CT)、磁気共鳴映像装置(MR)、ポジトロン断層装置(PET)などを手にすることが出来て、次々とこれらの装置による研究の成果を世に還元出来るようになった為である。
 X-CTの研究では教室の諸君が東北の各地に転戦し、脳の萎縮を定量的に計測し、脳老化の疫学を展開した。調査の対象者は数万人に及び、そのうちX-CT上病的所見の認められない実際の被計測者は数千人に及んだ。脳老化に関する世界一の規模を誇る調査であった。
 この研究から次々と脳老化の促進因子が抽出され、多くの成人病がこの中に含まれること、ヘビースモーキング、ポタトールといわれる程の長期大量飲酒などの嗜好品への耽溺もこれに含まれること、無為も又一つの因子になり得ることなどが明らかとなり〔松澤大樹著『痴呆と“こころ”』75頁参照〕、脳の老化について世に大きな警鐘をならすこととなり、これらの研究は論文として国内外の学術雑誌に投稿されると共に、新聞紙上をにぎわすこととなった。この脳の老化の研究は私の東北大学における最後の仕事となった「痴呆とこころ」の仕事につながることになる。
 「脳の老化」と「痴呆とこころ」の研究の間において我々は“PETによる早期質的「がん」診断法の開発”を行った。この方法の原理は一口でいえばサイクロトロンでポジトロン(陽電子)放出核種を作り、この核種を含む化合物を生合成して“がん”細胞に取り込ませ、“がん”細胞から放出される陽電子に陰電子が結合して物質として消滅し、正反対の方向に放出される一対のγ線を検出器で検出することにより“がん”の位置、大きさ、更に“がん”の種類などを同定するものである。
 このようにPETは生体内の局所の代謝を計測する装置であるが、正常組織と“がん”との間に明確な代謝の違いは見出されていない。正常組織から“がん”を浮かび上がらせるためにはどのような化合物を作ればよいかが当初の問題であった。
 約一年間考えた末、私は“擬似餌でがんを釣る”という方向を研究方針として打ち出すことにした。“がん”細胞は盛んに増殖しているので、食物つまり基質に飢えていると考えることが出来る。飢えている魚は擬似餌で釣れる。ポジトロン標識疑似糖、疑似アミノ酸、疑似核酸などを作り、“がん”を正常組織から浮かび上がらせようとするものであった。
 これは予想を上回る成果を収めた。18F-デオキシマンノース、18F-デオキシグルコース、11C-ACPC、11C-ガラクトサミン、18F-FDURなどの有用なポジトロン放出“がん”診断用化合物が次々と抽出され、正常組織から“がん”を浮かび上がらせることに成功した。又検出装置の改良に伴い直径数ミリメートルの“がん”の検出も可能となった。11C-メチオニンのように正常代謝剤でも正常細胞が増殖していない脳や肺などの“がん”で有効であることが明らかとなった化合物もある。
 これらの成果は内外の学術誌に発表されると共に、松澤が1985年仙台において国際会議を開催し、また、1988年、ハイデルベルグで行われた Positron Emission Tomography and Magnet Resonance Spectroscopy in Oncology という国際シンポジウムで招待講演者として講演し、その要旨をまとめた記録が本誌の中に収録されている。この研究は設計が終わり建設を待つばかりの「がん探知器」につながる研究であり、被検者に苦痛を与えない現在の最も優れた“がん”診断法であるといえる。
 最後に行った「痴呆とこころ」の研究は、脳の老化の研究以来絶えず私の念頭にあった研究課題であった。痴呆のことをラテン語で dementia という。metia とは精神又は“こころ”の崩壊を意味する言葉であるが、その内容が言葉のとおりであるか又は別のものであるかは研究のはじめに当たっての私の最大の関心事であった。
 まず脳の老化と痴呆の関連であるが、疫学的研究から脳の萎縮つまり脳の老化が最も進んだ人が痴呆になるとは限らず、痴呆の患者は脳の老化からみれば中途に散在し、脳の老化と痴呆との間には断層があり、痴呆には特定の責任病巣があることが想定された。現在は大脳新皮質に痴呆の責任病巣を求めるすべての研究は徒労に終わった。調査の結果は脳の灰白質に大小の梗塞又は出血巣があっても殆どの人が痴呆とはならないことが明らかとなった。脳梗塞のため左脳半球全部が全く稼働しなくなった(PETのブドウ糖消費量を指標として)右ききの患者でも痴呆にならないことが明らかになるに及んで、我々は大脳新皮質の障害だけでは痴呆にはならないという結論に達した。
 結局、PETとMRによる多角的研究により痴呆の責任病巣として大脳新皮質に比べて発生学的に古い哺乳動物の脳といわれる大脳辺縁系の扁桃核と海馬が浮かび上がってきた。扁桃核は視、聴、嗅、体性の諸感覚及び運動などすべての一次の中枢からの情報が集まることが最近明らかとなった。又、扁桃核は視床下部の情動諸核と形態的にも機能的にも密接な結び付きがあることが知られていて、情動核であるともいえる。扁桃核に集まった一次の中枢からの情報は、情動のフィルターを経て視床を介して海馬に流入し、その情報は側頭、頭頂、後頭の各連合野を稼働させる。痴呆においては扁桃核と海馬が何らかの理由(多分虚血)により障害をうけ、構成細胞が漸次死滅し、萎縮が進行し、それがある域値を越え、機能不全を来すと、側頭、頭頂、後頭の各連合野が同時にしかも両側性に稼働を停止し、痴呆が発症する。このタイプは痴呆の基本型であり、全痴呆患者の約1/5である。このかたちに加えて前頭連合野と運動連合野が両側性に稼働を停止するタイプがあり、これが全痴呆の患者の約4/5を占める。このタイプは上記の扁桃核と海馬の他に多分マイネルト基底核の病変が加わったものであろう。
 このように痴呆は脳内の諸神経核の障害により、大脳新皮質が広範にしかも両側性に同時に稼働を停止することにより発症する。更に驚いたことに原因が異なるアルツハイマー病でも多発性梗塞性痴呆(両者を合わせると痴呆患者の約90%)においても痴呆は全く同じ機構で発症することである。ここにおいて痴呆はやはり、“こころ”の崩壊であり、扁桃核と海馬は“こころ”の出発点をなすところであると考えざるを得なくなった。元来大脳辺縁系の扁桃核は情動核であり、海馬は短期記憶の座と考えられていていわば知的な神経核といえる。情知の結合により“こころ”の崩壊であり、扁桃核と海馬は“こころ”の出発点をなすところであると考えざるを得なくなった。元来大脳辺縁系の扁桃核は情動核であり、海馬は短期記憶の座と考えられていていわば知的な神経核といえる。情知の結合により“こころ”が出発し、これらの障害により痴呆が発症すると考えればまことに合理的である。ちなみに“こころ”がどこにあるかは明らかではなく全身に分布している可能性もあるが、出発点はやはりここであると考えるのが妥当であろう。一方、扁桃核や海馬が属する大脳辺縁系はオピエートレセプターが濃度高く分布しているところであり、“こころ”はモルヒネ様物質に守られ、社会からも自分自身からも自由に出発することが出来るしくみとなっている。
 元来、人間は自由な生き物であり、現在世界を席巻しつつある自由化の激動はもともとの人間の本性に基づくものであると考えられる。
 この巻頭言の冒頭に述べたようにこの我々の仕事は尚未完成であり、何らかの“かたち”で今後もこの仕事は続けられなければならない。長い草創期を脱したあと私とその協同研究者たちの研究成果のあらましを述べて巻頭言としたい。

(東北大学抗酸菌病研究所放射線部門発行 松澤大樹)


随想「自らの一生に主権を」

昭和56年(1981年)1月19日 河北新報

 老化の果てである「恍惚の人」(有吉佐和子著)が増えている。田舎の一般病院や老人ホームではむしろ正常の人より恍惚(こうこつ)の人が多いのが現状であり、平均寿命の延長とともにその数は確実に増加の一途をたどっている。
 このような人の増加は家庭の崩壊、社会の経済的破たんにつながる重大事である。これらの人々のなかには自分がだれか、どこにいるかさえわからず、いつも泣き続けている人もいれば、反対に多幸状態(オイホリー)が続き何事かあってもにこにこしている人、何事にもぼうっとして無関心の人もいる。そこには明らかな人格の荒廃、人格の喪失がある。人間が人間でなくなるほど悲惨なことがあろうか。私は日ごろ、人間の価値はその人の意識の高低により左右される、つまり何を意識して生きているかで決定されると考えている。これらの人々はその意識を持たず、ただ動物的に生きているだけである。この治療、または予防の具体的手段を見いだすことは、現在の社会が医学に求めている緊急課題である。
 最近、われわれはコンピューター断層機という機会を使って、生きている人の脳の体積を測定し、老化によって脳の体積が減少する、つまり脳が萎縮する事実を明らかにした。また脳の萎縮を老人性痴呆(ほう)に密接な関係があることも見いだしている。脳の萎縮は平均年齢が四十代になると始まる。しかし、驚いたことに六十代、七十代になっても二十代の人と少しも変らない萎縮しない脳を持っている人がかなりいる事実もまた明らかとなった。
 この事実は、われわれを大変勇気づけてくれた。つまり老化による脳の萎縮はだれにでも起こるものではなく、一生起こらない人もあり、その機構を明らかにできれば、原因を取り除くことにより、脳の萎縮を予防できることになる。われわれの研究室では最近、脳の萎縮の機構に関する研究が進みつつあり、遠からずその予防に関する研究をまとめることができると確信するに至った。
 脳の萎縮の機構は手近なところにあった。脳の血流量の減少が脳細胞の死による脳の萎縮をもたらすものであり、脳の血流量を減少させる心臓障害、脳動脈硬化などを予防し、脳を積極的に使用すること(脳血流を増す)などが直ちに脳の老化の予防につながることが明らかにされつつある。老人の増加は必ずしも社会にとって不幸ではない。体力、知能が低下して痴呆状態になった老人が増加することが社会の不幸につながるのである。
 人は、生きている限り人間として生きる義務を担っていると考えられる。一生を若々しく生きて、寿命が尽きたらぱったり死ぬという人生を生きるべきである。脳を老化させることは自分にとって不幸であるばかりでなく、社会的にみて罪悪である。自らの一生に人間としての主権を持ち続けたい。手近な知識と毎日のわずかな努力によってそれが可能となる時がすぐそこにきている。

(河北新報・夕刊 東北大学抗酸菌病研究所教授 松澤大樹)