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松沢大樹

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松澤大樹 松

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
   

 

「人として、医師として」  脳科学とPET開発の視点から

平成18年(2006年3月)「Southern Cross Vol.3」より

 これまでブラックボックスの中にあった脳とこころの仕組みや働きに科学の光を当てる「ブレインイメージング」。この研究領域をリードするのが松澤大樹先生。ガンの早期発見に威力を発揮するPET開発にも大きな貢献を果たしたことでも知られている。2003年にはMRIを開発したp・ラウターバー教授(米国)がノーベル賞を受賞したが、PETがその候補に挙げられることもいずれあり得ることだ。多大な業績を残されてきた松澤先生に、現在の研究と医療への思いをお話しいただいた。

  「僕の診療は、患者さんとお話をしながらだから、一日に十数人が限界なんですよ。本当はもっとたくさんの人を迎えたいんだけど」
 そう語る松澤先生は、1990年に東北大学を退官され、現在八十歳。財団法人脳神経疾患研究所附属高次脳機能研究所所長として「こころの脳外来」で診療にあたっている。頭痛、肩凝り、手足のしびれ、眠れない、朝起きれない、物忘れをする、といった症状や認知症、うつ病、統合失調症などが主な対象である。
 診療の合間にお話しを伺ったが、疲れた様子はあまり見られない。気さくで、飾らない、親しみやすいお人柄である。
 「郡山で診察するのは月、水、金、土の週に四日。そのうち二日は郡山のホテルに泊まる。単身赴任なんですよ」
 奥様にはエアロビクスの教師という仕事があり、「どうしても仙台を離れられないから」と松澤先生は笑う。「ともに健康」であるからこそできることでもある。

 仙台のご自宅では奥様と二人。子供さんたちも独立して年齢相応の静かな毎日を送っている。けれども、手紙や文献のチェック、読書に加え、現在発表を準備している国際論文の執筆もあり、やはり普通の方よりはかなりお忙しい毎日なのだろう。
 「できるだけ体は動かすようにしていますよ。僕はスポーツが好きで、子どものころはガキ大将。長野の山野を駆け回っていたんです。青年時代は登山。今は水泳をしています。夕方はゆっくりとプールで泳ぐ。意識的な健康法だね。それ以外は妻との散歩」
 そういえば、有名な「擬似餌のアイディア」を得たのも散歩中のことだったはず。「あれは本当に偶然。はっとひらめいたんだ」と松澤先生は言う。
 「歩きながら、いろいろなことが頭に浮かぶでしょ。誰でもそうだけど、考えながら歩いていた広瀬川で、毛針で小魚を釣っている少年たちに出会ったんです。それを見てピンときた。擬似餌でがんを釣れるかもしれない」

PET開発の頃

 当時(1975頃)、松澤先生はは東北大学で医学系の抗酸菌病研究所・放射線医学部門教授として、日本の国民病であるがんの征圧にPETを利用する研究に取り組んでいた。PET開発草創期のことである。
 「がんは不治の病とおそれられてきた。だけど自覚症状が生じる前、当時の診断機器で把握するよりももっと早い段階で、数ミリの精度でこれを捉えることができれば、治療効果も当然高まる」わけであり、この研究・開発がどれだけ重要な意味を持っていたかが想像できる。まずは、がん細胞に集まり正常細胞には集まらない特殊な薬剤を見つけ出さなければならない。それによってがんを画像化して捉えるのだ。
 その時に作り出した擬似餌としての薬剤のひとつが、今でもPET検査で主に用いられている18F―FDG。分かりやすく言えば、旺盛な食欲を持つがん細胞にこれを擬似餌として与え、がんの画像を得るのである。今やPETによるがん診断は世界中に広がり、がんの早期発見に多大な威力を発揮していることは言を待たないだろう。

脳とこころの科学

 もう一つ、松澤先生が東北大学教授時代に取り組んできた研究テーマに脳、特にアルツハイマー病の研究がある。
 松澤先生をはじめとする東北大学の研究チームは、MRIとPETによる画像診断を重ねた結果、「大脳皮質の半分が脳梗塞のため全く機能を停止しても痴呆とはならない。また大脳皮質に多くの梗塞があっても痴呆とはならない。ここから大脳皮質だけの障害だけでは痴呆とはならないし、また脳の萎縮が最も激しい人が痴呆となるとは限らない。痴呆症の発症は大脳皮質ではなく、扁桃・海馬を中心とする大脳辺縁系の障害によるもの」とつきとめ、海馬と扁桃と側坐核こそが「こころの脳」であるとの仮説を立てたのである。
 こうしてPETによる画像診断は脳とこころに関する研究に大きな可能性を示した。
 最近では、MRIとPETのコンビネーションにより、特に「扁桃にキズが生ずることにより、うつ病、統合失調症、アルツハイマー病などが発症し、キズが治るとこれらの疾患のうちうつ病、統合失調症は治り、またアルツハイマー病は合理的治療により予防できる」ことが明らかになった、と松澤先生は語る。
 「ブレインイメージング」と呼ばれる研究領域がある。松澤先生が中心になって開拓してきたものだ。その著書「目で見る脳とこころ」(NHK出版)には、脳の活動を生きたままの状態で明快に可視化することによって撮影された脳画像が多数紹介されており、脳科学の世界が私たちの想像をはるかに超えて進歩していることが実感できる。PETをはじめとするコンピュータ断層装置の開発によって、はじめて見ることができるようになった世界である。
 物質であるはずの私たちの身体から、なぜ心や意識が生み出されるのか。「心脳問題」という哲学的な問いが最近話題にされているが、「ブレインイメージング」はこうした領域にも大きなインパクトを与えている。私たちは科学の重要なターニングポイント(転換点)に立ちあっているのかもしれない。

 さて、これらの画像診断を支える上で忘れてはならないのが「松澤の断層法」と呼ばれる撮影方法だ。これも松澤先生の独創による脳の撮影方法で、通常の撮影法と角度を変えることで海馬や扁桃などの傷(障害による穴)の客観的な観察を容易にする。
 こうした画像診断を用いながら、うつや統合失調症、アルツハイマーの患者さんへの治療が行われる。「画像で脳の傷の状態を見ながら投薬を行うことで、必要以上の薬を使用することがなくなる。だから『薬漬け』の医療を脱却できるんだよ」と語る松澤先生は、ある症例を紹介してくれた。
 「美しい女子高生なんだけど、学校でいじめにあってうつ症状が出ていた。何度か自殺未遂もあって事態は深刻。脳の画像診断をしてみると、扁桃の真ん中よりやや下に多角形の穴があった。治療にあたり、学校でのいじめを取り除くと、しばらくして治った」というが、この間「穴の出現は症状と一致していた」という。
 松澤先生の説によれば、「統合失調症やうつ病は情動だけの障害で、記憶にまで及ぶ『こころの脳』全域が大規模に崩壊するとアルツハイマーが発症」するのだという。
人類にとって大きな課題である「こころの科学」は現在黎明期である。しかし、科学の発展によって、それもいずれ解き明かされることになるだろう。時代とともに「病」への意識も大きく変わっていく。「がん」や「こころの科学」を推進し担うのもやはりPET、MRIなどのハイテク医療装置なのだ。
 最後に認知症や精神疾患を予防するアドバイスをいただいた。
 「ヘルスケアがやはり大事。がんについても同じことが言える。食事や運動をはじめとする生活の見直しを自覚的に行うこと。分かりやすく言えば、バナナを食べて、お日さまの光を浴びながら走ること。これは馬鹿にならないんだよ」
 脳科学者としての豊富な経験があるからこそ言える、ユーモラスな真理である。

 

注)文中の「扁桃」は現在は一般には「扁桃体」と表記しています。

 

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